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最近、アメリカのAI研究コミュニティにいて、少し不思議に感じることがあります。 中国や韓国出身の研究者には頻繁に出会うのに、日本出身の研究者は相対的に少ない… · @noahatwhere · TwKit

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最近、アメリカのAI研究コミュニティにいて、少し不思議に感じることがあります。 中国や韓国出身の研究者には頻繁に出会うのに、日本出身の研究者は相対的に少ないように感じるのです。 最初は少し意外でした。 日本には優れた大学があり、ロボティクス、電子工学、精密製造など、長年にわたって世界をリードしてきた技術分野もあります。 それなのに、なぜ現在の生成AI研究では、日本の存在感がそれほど大きくないのでしょうか。 最近、この問題は個人の能力というより、社会が若い研究者にどのようなインセンティブを与えているかに関係しているのではないかと考えるようになりました。 博士課程に進むということは、数年間の低い収入、不安定なキャリア、そして必ずしも成果が保証されない研究に、自分の人生の貴重な時間を投資することでもあります。 もし社会が研究者に十分な待遇や将来の選択肢を提供できなければ、どれほど優秀な人でも、研究以外の道を選ぶのは自然なことだと思います。 また、国際的な研究コミュニティで存在感を持つためには、研究能力だけでなく、人材の流動性、研究資金、国際共同研究、オープンな研究文化も重要です。 もちろん、日本の研究力が低いと言いたいわけではありません。 むしろ、AIが今後ロボティクスや製造業、現実の物理世界へと広がっていくなら、日本が長年蓄積してきた技術や産業基盤が、再び大きな強みになる可能性もあると思っています。 ただ、最近ますます感じるのは、一つの国の科学技術力を決めるのは、過去にどれだけ優秀な研究者を育てたかだけではないということです。 今の若者が、自分のこれからの10年間を研究に捧げる価値があると信じられる環境を、その社会が提供できているか。 そこにこそ、長期的な科学技術競争力の本質があるのではないでしょうか。 技術の競争は、結局のところ、人材と制度の競争でもあると思います。

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